愛し沼の底

歪みかわいい集め

おねえちゃん大好き〜姉と私が育児放棄されていた時のこと

姉と私の生活の思い出。

 

私の姉はちょっと普通ではないかもしれない。姉は幸せな歌がどこかから聞こえたり、壁がぐにゃぐにゃ歪んで見えることがある。そして、パスタをビニール袋のままに茹でるような人だ。それから性欲旺盛で男切れをすると首を切ろうとするところもある。見捨てられたくないくせに、何度も人を試す。

 

そんな姉に救われて私は生きてこられた。ネグレクトを受けていた家庭から二人で逃げた。私が生きていられるのも姉のおかげだ。生きていても歯の何本か足の指の何本かはぼろぼろになっていただろう。磨かれない歯、サイズが変わっても履きっぱなしの靴。ただそこにいるだけの生き物としての生活は、文字通り必死だった。

 

今もまだ覚えている。今は無き貿易センタービルの明かりが消えたら寝ることにしていたこと。両親が帰ってこないものだから、出ていこうとして守衛さんに止められたこと。あのときに二人が捕まってしまえば良かったのにと今でも悔やんでならない。

いっしょに甘酸っぱくなってきた寿司を冷蔵庫から出して食べた。二人で布団に包まってテレビを見た。言葉はわからないままに絵が面白くて笑っていた。姉を私の母親代わりのように思っていたし、姉も二人きりのときは子供のようにかわいがっていたのだと思う。小さなこどもだけの白い部屋。

 

だが、身の安全が確かなところに引き取られて、姉も自分だけが愛されたいと思うようになる。それは当たり前だ。赤ん坊のころに手に入るはずだったものが私たちには無かった。姉は母親の特別な愛情を欲しがったし、それが無理なら男の興味を引きたがった。生物学的母親の真似事だった。それをやるのにわたしは邪魔だった。姉は小さなやもめだった。私は姉が持っているものは何でも欲しかった。しかし姉は奪われることを恐れる。そういう悪循環の中でお互いがお互いを愛し憎み妬み羨みあった。

 

私は子供を演じるのが上手かった。大人の望むようなかわいらしさというのを知っていたからだ。まるで子役のように、できることもできないふりをし、できないことをはにかむように誇った。姉は人の気持ちがわからない人で私のそういうところを気持ち悪いと思っていた。それでもたった一人の姉妹だからと、最後に見捨てたりはせず、ただ気持ち悪いものをやっかみつつ、かわいがっていた。

 

その一つが姉の実験的料理教室だった。先に載せている、挑戦的飲み物の数々や、うじが湧いたお茶を飲ませること。普通の人間ならそれを本当に飲ませようとはしない。普通の人間ならそれを本当に飲もうとはしない。けれども、まともな大人を見たことのない私たちのごっこ遊びはいつだって本当だった。実際、そのおかげで生き延びていたことだ。姉のやることは絶対だった。吐き戻したり、美味しくないと思うのは私がとてつもなく悪い子だからだと思っていた。一方で姉も悪気は無かった。ただ私のことを試していただけなのだ。本当にちゃんと言うことをきくいい子か、自分を絶対に疑わないかを遊びの中で確かめていた。

 

姉は私にとって宇宙であり母だったから私はどんなことも受け入れられた。邪魔にされて蹴られ殴られてもついて歩いた。鼻血をたらしてしくしくと、ついて歩いた。姉が大好きだった。唯一、どんなことがあっても私を見限らない相手で、私が誰かを演じずに気持ち悪いままでいてもいらないとは言わないと信じられた相手だったからだ。

 

愛というのは呪いで、好きは絶望だ。

 

今でも私は姉を愛している。母親を男に取られるのが嫌で泣いている子供のように姉を想う。そして寂しい時にだけ子供を可愛がる母親によりいっそう執着する子供のように、姉が私だけのものだったなら良いと、呪いをかける。

 

私は姉を愛している。呪い的に。

きっと姉は私が好きだろう。絶望的に。